(宮久保地区)

●味噌なめ地蔵
味噌なめ地蔵昔、宮久保部落のある財産家は屋敷内に地蔵尊を奉って信仰していた。ある日、不幸にして火災となり、住宅は全焼したが、幸いにも家人には何らの怪我もなかった。翌日、焼け跡を片づけていると、焼け跡から地蔵尊の石像が掘り出された。不思議に思って屋敷内に奉っておいた所を見ると、お姿がないのである。これは御地蔵さんが家人の身代わりとなって焼け出されたのであろう。家人も地蔵尊の御慈悲の深さには、改めて有難さを感じたのである。その後、財産家は地域内にある薬王寺に堂宇を建立して奉り、味噌を塗り、地蔵さんの火傷が早く治るようにと供養した。すると地域の人達も地蔵さんの功徳を仰ぎ、信仰するようになった。
毎月24日を期して地蔵堂に集まり、お団子を供え、御真言「オンカアカアサマ、エイ、ソワカ」を二百回奉唱したという。その後、村の子供達を始め、老若男女が集まるようになりなり、行事が終了した後、供えた団子を集まった人達に投げ与えた。月例祭は、ますます盛大となり、お地蔵さんに味噌を塗って祈願すれば、火傷ばかりか諸病も治ると言い伝えられ、月例祭はもとより普通日にも近隣、近郷からの参詣者が多く「厄除味噌なめ地蔵」として有名になった。
ところが、この地蔵堂がまたも火災で全焼した。しかし地蔵尊は石像であったので残った。そして薬王寺本堂へ仮奉した。薬王寺本堂の東隣の平地の空地はその跡であり地蔵堂の礎石も見える。今は、味噌を塗る人もなく、春秋二回の祭事が役員の人達によって執り行われるだけとなった。

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